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蛍光ピンクに思いを込めて

Like a Candy Paper Moon

大切も大好きもふたつ。全部全部愛おしい。

 

初めて会った人に美勇人くんを好きだというと、みゅーと担だとどっちが好きとかどっち派とかあるの?とよく聞かれる。

私が出す答えは「私はどっちも大切で大好き」のひとつだけだった。

 

もちろん私だって仙人ではないし、どちらかに気持ちは偏ってる。

普段は6:4くらいでトラジャに分配が上がっていると思っている。

現場がある度に、その月毎にどちらかに偏ってきた感覚がある。

2016年、春はLove-tuneが大好きだった。クリエを見て、新しい可能性にワクワクしていた。

夏はトラジャのことしか考えられなかった。むちゃくちゃに輝く9人が大好きで大好きで先のことを考えてひたすらに泣いた。ちょっと辛かったけど大好きが加速していた。

9月のドリボ、10月頭のえびSLTではらぶが大好きだったし、えび座期間はトラジャにずぶずぶしていた。

 

正直、供給のタイミングのせいだからしょうがないとしても、どちらかにがっつり偏るというのはあんまり気持ちのいいものではなかったりする。

"どちらかに偏ってる気持ちを供給のタイミングのせいにしている"というのが正しいのかも、と思っちゃってすごくもやもやしてた。

じゃあらぶの現場が続いてトラジャの現場がほとんどなくなっちゃったら、私は自然とトラジャをわすれるのかな?なんて思ったりして。

 

お陰さまでジャニアイ期間は、ちょっとどういう気持ちだったのかあんまり、覚えてない。

多分、グループじゃなくて個々を見ていたんだと思う。

美勇人くん、顕嵐ちゃん、近ちゃん、海ちゃん、他のみんなのことも、なんとなく個々で見えていた気がする。

 

そして今回の3月のジャニーズJr.祭り。

横浜アリーナには、新しい景色が広がっていた。

「トラジャでありLove-tuneである美勇人くん」が確かにそこにいた。

 

今までいろんな雑誌や媒体で美勇人くんは「背中を押してくれたのはそれぞれのグループのみんな」「みんなのおかげでなんとかやってる」と言うことが多かった。

そうやって美勇人くんが言うから、みんなも「美勇人は頑張ってるよね」って言うから、頭では理解していたけど、でも体感することはなかった。

でもこの3日間の祭りで、痛いくらいにそれを実感した。

美勇人くんがひとりでがんばったって、きっと上手くいかなかったものを、みんなが優しさで受け止めてくれていた。

 

踊ってすぐ逆方向に走り出す美勇人君を手を振って嬉しそうに見送ってくれたり、

行ってこい!踊ってこい!ってひょいっと楽器を預かって強く背中を叩いてくれたり、

立ち位置をぽっかりあけて待っていてくれたり、

手を広げて受け止めてくれたり。

らぶにもトラジャにも、大切に大事に扱われて、たくさん愛されて支えられて、それに甘えたりしないでちゃんと200%で駆け抜ける美勇人くんを自分の目でちゃんと見ることができた。

美勇人くんのまわりにいるメンバーがみんな、優しさとあったかさで溢れているのを感じた。

 

 

私はTravis Japanが好きだ。

Love-tuneも好きだ。

もうこのまま、ずっとこのままでいてほしい。

13人でいてほしい。

Travis Japanにたくさん愛を注ぐ美勇人くんでいて欲しい。

同じだけLove-tuneからたくさん愛される美勇人くんでいてほしい。

らぶのみんなとたくさん笑いあって欲しいし、

とらじゃのみんなにたくさん頼りにされて欲しい。

 

いつか、「その時」が来るんだってずっと思ってた。美勇人くんはどっちを選ぶんだろうって思ってた。ずーーーっと思ってた。

美勇人くんがその決断をしなきゃいけないとき、最善の選択ができますようにって

あらんちゃんがトラジャを抜けたときから、今日までずっと、ずーーーっと思ってる。

 

その「いつか」が来ないことを願うのはいけないことなのだろうか。

もし、許されるというのならば。

そんな「いつか」は永遠に来ないことを願いたい。

Travis Japanの7人にも、Love-tuneの7人にも、今と変わらない笑顔が溢れる未来が待っていて欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でもきっとその「いつか」はどういう形でかは分からないけれど、いつか必ず来てしまうから。

そしてそれはきっと、きっとそんなに遠くない未来のはずだから。

私は今、大好きだと思うものを、大切だと思うものを、見逃したくない。

「いちばん」がふたつあるなんて贅沢で狡いかもしれないけれど、

私はどっちも100ずつ、しっかりと大好きでいようと思う。